小説「ロスタイム」(6) 最終回
まわりのレジウスサポーターたちは、絶叫をあげながら応援している。おれも叫び続けた。スタンドが揺れている。
デュランの足が止まっていた。積極プレーの代償だ。疲労が極限に来ているのだ。レジウスのチャンスだった。
46分、成瀬が単独でデュランのディフェンスラインを突破し、ドリブルでゴールに突き進んだ。キーパーは出るか留まるか躊躇した。デュランのDFが反則覚悟で後ろから成瀬にタックルして倒したが、ホイッスルは無し。レジウスのサポーターからはブーイングが起こった。
47分、レジウスはコーナーキックの機会を得た。
岡島が走りながら右コーナーに向かった。
ボールを白線上に置き、数歩下がった。ステップを踏みながら繰り出したキックで、ボールはファーサイドに飛んだ。ゴール前に密集した両チームの選手たちは一斉にジャンプした。その頭上を飛んでいくボール。
ファーサイド側にいた成瀬が倒れ込むように身を投げてボールに頭を合わせた。
飛びつくキーパー。
ボールはその指先をかすめるようにしてゴールに飛び込んだ!
ついにレジウスが得点した。1-2だ。
スタンドでは巨大なレジウスのフラッグがはためきながら振り上げられた。
携帯電話が振動した。
「見事なセットプレーだったな。わたしもスカっとしたよ。君はまだ運命に見放されてはいないようだ」
「まだロスタイムは2分以上ある。追い付くさ」
「そうだな。レジウスはやってくれるだろう。追い付けばわたしも嬉しいし、負ければ君を殺せる。どちらにしてもわたしはすっきりできる」
「おれは殺されたりしないぞ」
「そうだな。お互いそれを期待しようじゃないか」
電話は切れた。
ピッチ上では熾烈な攻防が繰り広げられていた。
岡島を起点に、何度もキラーパスが送り込まれ、柳川と成瀬にボールが渡っていた。しかし、ほぼ全員が帰ったデュランの分厚いディフェンスをこじ開けられずにいた。
焦るレジウス。その時、崩れた陣形の隙を突かれ、ボールを奪ったデュランのFW吉田が飛び出した。
意表を突かれたカウンター攻撃にレジウスのDFが必死で戻るが、それを振り切って吉田はレジウスのゴールに突進した。
キーパーの谷と一騎打ちになった。
ゴールへの射角を消すために谷は前へ出る。
そこへ、吉田はポンと谷の頭上をまたぐ軽いループシュートを放った。失点か?
しかし谷は冷静だった。吉田の足先の角度を見て、瞬時に後ろに下がっていた。身を伸ばしてボールを追う。わずかのところで間に合った。パンチングでボールをレジウスDFの方にボールを弾いた。受け取った選手から間髪を入れずに前線にボールが送られた。
今度はレジウスのカウンターだ。
審判も時計を気にしている。時間的にも、これがラストプレーだろう。
おれは胸の中で祈った。決めてくれ…。
ボールは右サイドで待つ岡島に渡った。デュランのDFが三人がかりで潰しに来る。岡島は巧みなドリブルでそれをかわし、開いたスペースに走りこんだ柳川にスルーパスを送った。
柳川は、受け取ると、ゴールライン近くの、ほとんど角度の無いところから、強烈なシュートを放った。
デュランのキーパーは横っ跳びにボールに食らいついた。
ボールの弾道がキーパーが精一杯に伸ばした腕の、その先をすり抜けた――。
ゴールだ!狂乱するサポーターたち。頭を抱えてピッチに跪くデュランの選手たち。
そして、審判が試合終了の長いホイッスルを吹いた。結果は引き分けだ。
おれは立っていられなかった。助かったんだ…。
電話が鳴った。男からだ。
「引き分けたな」
思わず自分の胸を見下ろした。赤い輝点が無い。
「安心したまえ。わたしは約束を守る。君はもう狙っていない」
負けたら本当に撃つつもりだったのだろうか?
すべてが虚構だったのではないか。
恐怖から解放されたおれは、そんなことをぼんやり考えていた。
「君はわたしが本当は撃たないつもりだったと思っているんじゃないかね」
びくりとした。男はおれの心を読んでいるかのようだった。
「隣のフェイスペインティングの剥げかけた男を見たまえ」
おれは、試合の余韻にひたって叫び続けている若者を見た。
その額に赤い輝点が当たっているではないか。
「やめろ!」おれは電話越しに叫んだ。
次の瞬間、若者は笑顔のまま、ガクンとのけ反り、シートに沈み込んだ。額に小さな穴が開いて、血が流れ出している。
「ああ!何て事を!」
騒ぎたてるサポーターたちは誰も気づかない。
「分かったかね。わたしは本気だったんだ。
君はすぐ去った方がいい」
おれは、携帯電話を切ると、震える足取りで席を後にした。
5
翌朝の新聞は、小金沢スタジアムでの観客射殺事件を大々的に報じた。被害者の青年の交友関係にハンターの資格を持つ人間がいて、その男は青年に対し怨恨を抱いていたという。警察はその男に対し任意で事情聴取を行なっているようだった。
おれはそれを読みながら、違う…と呟いていた。あれは狂った男が引き起こしたゲームなのだ。彼はたまたまおれの横にいたために犠牲になったんだ。
だがおれはそれを申し出るつもりはなかった。
男は観衆の中の一人を狙うのが楽しいと言っていた。私生活に戻ったおれには興味は無いかもしれない。
だが男はおれの事を調べあげたと言っていた。どこから見張っているか分からないし、気が変わる事もあり得る。
おれは携帯電話を買い換え、部屋も引き払って、引っ越しをした。
そしてあれ以来、おれは競技場に足を運ぶのをやめた。レプリカも押し入れにしまい込んで取り出すことはなかった。
目に焼き付いた赤い輝点。あれが今も記憶から消えない。
了
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コメント
すごい。。。手に汗握る展開でしたね~~~~!!!
助かったのはよかったけど。。。
隣の男の人を撃つなんて。。。
意外な結末でした!!!
ドキドキしました!!!
また書いてくださいね~~~!!!
投稿: かずな | 2008.01.01 23:50
かずなさん
感想をありがとうございます。
非現実的で不条理な恐怖を描いてみたかったんだけど、
なんか最近、我が子を殺した、親を殺した、銃を乱射した…などなど、
物騒を通り越したようなショッキングな事件が
多いですよね。
書いてて、フィクションより現実のほうが
怖いな~なんて思ってしまいました。
投稿: >かずなさん | 2008.01.05 01:25